カテゴリ:震災( 68 )

7月に入り、義母が入院しました。
父さんと入れ替わりかいっ!(←洒落にならん)

義母に限っては年齢的な問題も大きいのですが・・・

そして我家の店舗前で商売なさっていたご主人が
先日逝去されました。

被災し、先々月の5月に新しいお店を再建開店した矢先のこと
どんなに無念だったか察するにあまりあり
つい最近お元気な姿を拝見してただけに、父さんも私もショックでした。

我家と同じで自宅は無事、以前の場所は賃貸だったので
補助金は全く出ていないはず。
それでも「出来る人からやらないと、市が元気にならない」と。
まだ50代半ば、早すぎる死でした。

ここ最近
被災した方達が、体調を崩したり
亡くなられた話を多く耳にするようになりました。

時間の経過、落ち着いた今頃・・・

考えてみれば、人はただ普通に生きていても
悩みやストレスがあるもの。
それプラス震災(被災)だもんね・・・

根拠も証拠もないけれど
大きなストレスが負荷されている気がします。
おまけに又更に国とか市役所とかで負荷されるしっ

これは、きっと後から統計とかされて
ただの数字になっちゃうんだろうけど。

いつも毒を吐くだけなので、今回はちょっといい話も。

"忘れない”という想いで
今でも多くの著名人の方が被災地においで下さってます。
(私は震災時に天皇陛下を 見ただけですが 有難かった)


昨晩のオールスター(野球)には被災地の球児が招かれたり

間かんぺいちゃんが山田からいわきまでお盆にマラソンしてくれたり

来月には大相撲巡業で横綱も来てくれたり

つい先日はTUBEがライブしてくれたり


沿岸の高校生が今年の夏、短期語学留学できる子も多くいて
これはコカコーラさんや孫さん(ソフトバンク)のご支援のお陰です。
(ちなみに ソイ君は部活のみの夏)


そうだ!良い事もお知らせしていかなくちゃ!と
今さら気付いたダメなわたし(汗)


失望する事も多々あるけれど
たくさんの人達に支えられている被災地です。
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by pi-pal-mego | 2012-07-24 17:04 | 震災 | Comments(2)

ここ数日20℃に届かず「寒いね」と言いたくなる三陸

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保護色となり擬態化する めごっち 笑かしてくれます。


話は変わります。(←B型はこれを言わずして話を変えるらしい 笑)
私が犬猫の現状を知った頃、ぷりんママさんが

『”名犬チロリ”という本をご存知ですか?
この子もセンター出身の子ですよ』

と教えてくれて、早速読んだ本。

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「犬と歩けば~チロリとタムラ~」映画化もされています。

著者の 大木トオルさん は 国際セラピードッグ協会 の会長さん。

殺処分寸前のワンコをセンターから引き出し
セラピー犬として育成されています。

HPの セラピードッグ紹介 のコーナーにはキラキラと輝いた命がそこにあります。

そして昨日、とてもうれしい新聞記事が!!!

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大木さんが福島県の被災犬100頭を保護しセラピードッグに育てようと

「日本被災犬終身保護センター」を9月にも東京に開設されるそうです!!!

被災者の心のケアはこれからが正念場です。
阪神大震災の時は、孤独や絶望から死を選んだ人が数多くいたと聞きます。
今度の大震災でも既に何人もの方が同じ道を歩み始めている。これ以上
悲惨な事が起きないよう、孤独や絶望感を少しでも和らげる手助けがしたい。
被災した仲間同士である犬たちと触れ合うことによって、少しでも心のケアに
役立てて頂きたいんです。
 以上 岩手日報より抜粋


ワンコにとっても、人にとっても
本当に有難く嬉しいことですよね。


一人の被災者として、そして
犬の一飼主として”救われる”
そんなありがたいお話でした。
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by pi-pal-mego | 2012-07-22 16:46 | 震災 | Comments(0)

山茶花 久々毒を吐く

いやぁー、久々カチーンと来ました。

昨日ね、補助金のことで行ったんですよ市役所。

とーーっても丁寧。

BUT!

すーーっごく憤慨。

補助金対象外と言うより、その言い方なんですけどね。

以前の店舗は借りてた=父さんの資産ではない
故に新たに建てても資産の復旧にはあてはまならない。
建物自体古くて価値がなくても資産は資産というわけだ。


家賃は払っていてもダメ!
賃貸住宅には出るのにね。
後、取り急ぎプレハブを借りてお店を始めた人も
借りてるって理由で除外。これも資産にならないわけ。
でもさぁ、この補助金知らされたのだって1年過ぎてからだよ。
皆、無収入になんだから、やれる人から動くでしょ。
浸水だけでも、補助金って出てるのに、矛盾してるよね。


この前来たお客さんなんて、次々除外され
「気がおかしくなりそう」と涙声だった。

そして、今回次々出てくる気分を害する言葉の数々。

「大家には出ませんよね?」

「不動産屋さんの持ってる物件、皆に補助金なんて出せるわけないでしょー」とか

うちは不動産屋じゃねぇーし、古家1軒貸してただけだわ。



「補助金も、もう、ずいぶん沢山出したからね~」とか

どこに出たんじゃ?・・・うち、15万だけだけど。



「どこに現状を伝えたらいいですか」と聞けば

「Mさん一人が言っても何も役にたちませんよー」と鼻で笑われ


「我々がまとめて県に言ってます。」

ふ~ん、そりゃー、有難い。が、
そんな被災した人の立場にも立てない人から
どんだけ伝わるんだか期待も出来ないわね。


「リフォームした、お金を自分達で払いましたけど」

「リフォームも申告して税金かかるんですよ。払いました?
税金は払いたくない、補助金はほしいっていわれてもねぇ」

そんな言い方あります?

リフォームを消却資産として申告するって
知らなかったんだもん。
それは申し訳ないけど、
なんか、ズルしてもらいに行ってるような言い方されて
ちょーーーーっ憤慨。

市役所職員の立場だけど、まるで苦情処理みたいに完全上から物を言う対応。

物にはさぁ、言い方ってものがあると思うんだよね。

「納得いかないのは、わかります」

とか

「我々もお渡しできるよう頑張ります」

とか

「そうですよね」の一言でも違うのに。

言いたくないけど
被災者感情の逆なでだったよ、全く。

被災したって、しっかり税金は払っている。(車の税金は流され新たに取得した人のみ3年間免税)
まさに血税よ、血税。
その血税があなた達のお給料なのに
その対応?それで、いいんかい!と言いたくなった。
仮にも被災地の市役所職員だったら
被災者の気持ちに寄り添ってほしいわ~
さっき、仕事の事で相談した弁護士さんの方が
ずーっと、優しくて「わかります」気持ちに寄り添ってくれてたわい!
若くてイケメンなのに!←関係ないけど、結構大事。

あー、久々ガンガン毒づきました。
気分害されたら、すみません。

もう段々に補助金はなくなるだろうと
被災地では噂されてます。
我家もこのまま泣き寝入りかな・・・
人の中にはちょうど処分するとこだったから
津波で流れてくれて、おまけに義援金も出て良かった
という人だって当然います。
住んでないけど、たまたま住所置いてたとかね。
運がいいか、悪いかってとこで
なんか不公平感ありありで納得いかないけど、仕方ない。

津波で無駄に借金増やして、ビンボー暇なしだけど
仕事があるだけ有難いと思うしかないということなのでしょう。
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by pi-pal-mego | 2012-06-15 15:59 | 震災 | Comments(0)

その後の被災地

震災から1年という日に合わせて放送されたTV番組の数々

ほとんど観てません。

なんだろう・・・観る気になれなかった。
でも、被災地では結構同じ気持ちの人がいます。

”忘れない”

よく、目や耳にするけど

毎日通う職場が浸水地域なので
一瞬にして変わってしまった風景や、取り壊されず
残された無残な姿のままの光景を
現実として目にするので

忘れたくても、忘れられない

ましてや大切な方を亡くされた方にとっては尚更と思います。


「被災地はどうなんでしょうかね?」と勧誘電話の見知らぬ人に軽く聴かれ


言葉に詰まった。


実際に住んでいても、よくわからない。

少しずつ建物が建っていたり
片付いて来たけど

瓦礫置き場は未だに、この通り
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この光景は他の市町村でもよく見る。


でも、先日市内で一番被害の大きかった地区に行って
わかめの水揚げをしていた。
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素直にうれしかった。


何もかも流され、なくなっていた場所に
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「震災直後の漁港」

プレハブや加工場が立ち
働く人々がいた
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            「現在の漁港」


そして真新しい船外機をつけたサッパ船(小型船)が並んでいた。
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これで漁師さん達が海に出る事が出来る。

まだまだ、その数は足りないだろうし
漁業関係の人達からすれば言いたい事は山のように
あると思うけど、少しでも変わってきていると実感出来る光景が
とてもうれしかった。

前に進める人はいい。
前に進めない人もいる。


被災地の歩みは牛歩のごとく

でも前に進んでいるのだとしたら
いいのかもしれない。
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by pi-pal-mego | 2012-06-08 15:34 | 震災 | Comments(6)

よみがえる キオク

昨晩は嫌なキオクがよみがえる夜でした。

長く続く 横揺れ
防災放送の無機質な声
サイレンの音
津波警報

あの時と同じ

鼓動が早まります

避難勧告のあった地域もあり
誰もが、あの日の恐怖と不安を思い出さざるを
得なかった夜だったと思います。

やっと1年
そんな矢先

千葉や茨城でも震度5とのこと
広くにわたり怖い思いをされた方が
多かった事と心が痛みます。


まだ高校に居たソイ君は学校4階待機。
保護者の迎えも応じず、迎えに行った保護者も一緒に
4階待機。
これは震災の教訓が生かされていると感じました。
親御さんが子供さんを迎えに行った後、車ごと
流され多くの方が亡くなられましたから・・・

防潮堤も防波堤もなく、地盤沈下や地盤のゆるみ
「もう来ない」と言いきれないのが 自然災害

まずは逃げる。これしかないのでしょう・・・
安全な場所をしっかりイメージしていないと
パニックに陥り行動が出来ません。


実際に震災時、私の逃げた道も数分遅れれば
黒い波を真正面から受けていたということは
安全な道では確実になかったということ。


数年かかる防潮堤・防波堤の再建築も必要だけど
まずは本当に安全な場所、そして避難ビル等の
建築が優先なのでは?と、私個人は感じています。


一年前の3月9日 水曜日
昨晩と同じように

震度4の地震と津波注意報と20cmの津波


その2日後の大震災


「震災の日もこんな曇り空だったな」と今、空を見上げながら
昨日も同じ水曜日・・明日は大丈夫かな・・
そんな不安にかられてしまいます。

たくさんの人の力をお借りして、支えられて
被災地の人はゆっくりだけど前に進んでいます。
人の力ってすごい!と教えてもらいます。

どうか、その歩みが止まることがありませんように・・・
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by pi-pal-mego | 2012-03-15 12:04 | 震災 | Comments(4)

震災から一年と2日が過ぎました。

私は、ただ普通に3月11日を迎えました。


「あぁ、あれから一年なんだな・・」と。


震災後、自宅附近は津波の被害がなかったので
めごの散歩も出来ました。

「犬の散歩って、実は平和な光景だったんだ・・・」と
初めて知りました。

散歩しながら涙が出て
口ずさんだのは坂本九ちゃんの「上を向いて歩こう」でした。
混乱する日常
こらえきれず号泣した夜もありました。


でも大切な方を亡くされた人達にとっては
言葉に出来ない思いをかかえた1年であったと
わが身に置き換えると耐え難い時間だったであろうと
その思いを計り知ることは決して出来ません。

(写真は一年前と同じ場所を3月11日に撮ってみました)

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被災地の歩みは牛歩のごとくです。



"時は薬"


と言うけれど
時間が経つほどに、辛さや悲しみ、不安や怒りが増してる人も
多いのではないかと思ったりもします。

瓦礫は一か所に集められたけれど
受け入れ拒否のニュースも切なく
高台移転もまだまだ話し合いの段階
人口の流失が加速されるのは必然。

大手資本の参入は雇用につながるけれど
地元の企業や商店街にとっては
戦々恐々

これは我家にとっても人ごとではなく
大手企業のセンター仕入れにより
沿岸の商品が内陸にわたり、それが又沿岸に戻るという図式。
義父の代から数十年かけて地道に広げてきた顧客を
何の苦も努力もなく、持ち去るわけです。

理由はただ”売れるから”

プレハブでようやく再開した商店の隣に
大手コンビニが建築

本当の意味での地元の繁栄とは?
考えさせられます。


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被災者と一口に言っても
皆それぞれに事情は違うと思うし
被災の度合いも違います。

ですので、我家に限って言わせてもらえば
”津波に合った人損”です。



店舗・事務所・在庫
全て流されたうえ
5ヶ月に及ぶ無収入

でも

頂いた補助金は5万円
石油ストーブ 1台

のみです。
貰って当然とは思ってないし
思いたくない。
でも、そこにあるのは不公平感です。


修繕には出ても、新築には出ない。

新築に出ると決まった、グループ補助金も
以前店舗を構えてた場所が本社所有だった為
我家は除外されました。
固定資産税を払っていた人が新たに同じ場所に建てた場合のみ
認められるそうです。津波浸水地域なのに・・・
家賃を払い、リフォームをかけていても
それは何の効力も発しない。


それなのに


店舗を新しく建てた場所は我家の所有で
固定資産税を支払っていても
大家の我家には一銭もおりず、住んでる人(借りてる人)のみ
義援金対象です。
新たに建てるのは大家なのに・・・
(土台の基礎撤去分は後から補助)
※例えれば、アパートの住人それぞれには義援金が出ても
大家にはないという事です。


この地で何十年も商売をしてること
税金を支払ってること
津波で全て流された被害を受けたこと
新たに建築したこと


周知の事実であっても
その紙に書いてある項目に
1つでも当てはまらなければ
補助金は出ないのです。


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そして義援金と言われ集められてるお金の
不透明さ・・・

最初はありがたいなと思っていましたが
最近はそのお金どこに使われてるの?

そして、国に対する不信感、あきらめ、失望、憤り

「国は助けてくれないんだ」が正直な気持ちです。


それでも
今、仕事がある我家は恵まれているから
後ろばかりを見ていても仕方ない。
起きてしまった現実は変えられないから、前に進むしかない
震災から一年と2日です。
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by pi-pal-mego | 2012-03-13 16:28 | 震災 | Comments(0)

「あのまま津波にのまれた方がラクだった」

深夜届いたメール。

私も思ったことだった。

自営業という環境も年齢も似てる彼女と出会ったのは
被災して間もない頃。

その時は
自営業に何一つ支援のないこと
この先の生活・子育ての不安

気持ちを共有できることが嬉しかった。

でも、今、かろうじて仕事を再開する事が
出来た私に
彼女の気持ちがわかる
と、決して言えない。言ってはいけない。

何か力になれることはないのか
無力感に襲われる。

”花が好き”と言っていた彼女に
小さな花を届けることくらいしか出来なかった。

「流された家の庭にね、桜も咲いてたんだよ」

と言う彼女。

いつもは明るく話をしているけど
皆、それぞれに心にかかえている荷物がある。

まさに
顔で笑って心で泣いて。
文句やグチを言っても何も変わらないとわかってる。
誰のせいでもない自然災害だもの。

でも
何も悪い事してないよ・・・


被災して間もない頃
無理をして「大丈夫。頑張る」と言うことが苦痛で
大好きな30年来の友人達との再会を断った。

「無理することなんか、なかったのに・・・」

と言ってくれたけど


辛い、逃げたい、どうして?、助けて、


言えなかった。


「あんなメールして、ごめんね」

と言った彼女。

何も力になれずに、私こそごめんね。



「いつまで被災者でいるつもりだ」

そんな言葉も聞かれるようになりました。
でも
時間の経過が辛さを増すこともあります。

私も父さんも被災者という言葉に甘える事は
嫌いです。

”被災者根性”

被災者も人それぞれだと感じてもいます。

でも、まだ暗い暗い闇の中で灯り見つける事が
出来ない人もたくさん居ます。

政治家の人には政治家の人にしか出来ないことがある
今こそ、それをやって下さい。

そう願い続けて9ヶ月。

日本の未来は明るいのだろうか・・・・
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by pi-pal-mego | 2011-12-27 11:51 | 震災 | Comments(2)

伝えるということ

いつからか・・・”震災から ○ ヶ月です”
と言うのが、なぜか苦しくなって

「まだ震災かよ!?」

と、感じる方もいらっしゃるかな・・・とか

伝えることのむ難しさを、一人勝手に悩んでいます。

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                 「考えすぎることは得意!」



確かに瓦礫は一か所にまとまったけど(あえて片付いたと言わず)

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こんな変な電灯を見れたり
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基礎ばかりが並ぶ光景 とか
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浸水して通れない道 とか


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この状況だった交差点に

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昨日ようやく信号がついた とか


「復興まで50年」に思わず納得してしまう自分もいたりして・・・


そんな中

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ラベンダーの香りと共に、とても素敵な贈り物が届きました。
温かなメッセージと共に
時間が過ぎても気にかけてくださるお気持ちが
何よりもうれしかったです。ありがとうございました。


そして、もう1つポストに届いたのは・・・
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あかぽん大ファンの 今西乃子さん の新刊

「心のおくりびと 東日本大震災 復元納棺師 」


今西さんご自身も実際に被災地を訪れてくださった
ドキュメンタリ―です。


一気に読み終えたあと、浮かんだ言葉は”ありがとう”でした。


お恥ずかしい話しですが、私はこの本の主人公 復元納棺師 笹原さんが
被災地でボランティアをしてくださってた事を知りませんでした。
きっと、まだまだ知らないことがあるのだと思います。


大切な方を亡くされた方の悲しみの深さを
いくら思い計ろうとすれども、決して計り知れない自分の無力さも
感じずには居られなかった私

でも本の中にあった

「救いようのない苦しみとは 大切な人に出会えなかった事」

という言葉に救われ

「忘れないでいること」

に 私の今の気持ちを代弁して頂いた気持ちがしました。

是非 多くの方に読んで頂けたらうれしいです。
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by pi-pal-mego | 2011-12-17 15:42 | 震災 | Comments(6)

ソイ君の同級生が書いた詩が岩手県総合文化祭にて優良賞を受賞しました。
とても胸に響く詩でしたので、ここに記したいと思います。


「あなたが守りたかったもの。」


あなたが守りたかったもの。
それは青い海。
この海が大好きだと言っていた。
あなたは自然を愛していた。

あなたが守りたかったもの。
そう、それは人間。
困る人がいれば、必ず手を差しのべる。
あなたは人を愛していた。

あなたが守りたかったもの。
そう、それは家族。
いつでも母と弟のために働いていた。
あなたは家族を愛していた。

そうして、
守るものが多すぎたあなたは
今はもう手の届かない場所。
寄せては返す波の向こう側。

もし声が届くのならば
私はきっとこう言うだろう。

あなたに守ってほしかったもの。
そう、それはあなた。
いつも何かを守ろうと、
自分を後まわしにしすぎたの。
あなたを愛してみたかった。

自分の体を愛し、
自分の命を愛せることが
どれだけ尊いものなのだろう。

生きたくても
生きられなかった人がいる。

だから、私が、愛そう。
あなたが守りたかったものを。
あなたに守ってほしかったものを。

   あなたのいた日々。
   あなたの面影。

すべてを心に刻みつけ
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by pi-pal-mego | 2011-10-21 11:39 | 震災 | Comments(4)

日曜日蒸し暑くてクーラー入れてたのに
月曜日ホットカーペット出しました(爆)

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                   「電気ストーブも出しちゃった」

ねぇ、ほんと寒いよね。
気温差に体がついていけないわぁー・・・


さて、ちょっと話は戻って
17~19日の3連休


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                     「お母さん、あの方がみえましたの」


そう、あの方とは

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                  「ソフィです♪」


「一度、被災地を実際に目で見ておきたい」と
遠路遥々ソフィ家が訪ねてくれました~
ソフィたんも昨年に続き2度目の岩手いり。
きーさんだけは残念ながら部活でババとお留守番。
きーさん、来年はおいでよ~!

本当は5月連休にも訪ねたい!と言ってくれたソフィ家。
でも
私がバイトで出勤おまけに”ヘロヘロ”だったので断ってしまったのね。
やはり妹でも遠くまで来てもらって、何もしてあげられないのが
申し訳なくてね・・・


ソフィたんとは8月に会ってるので1カ月ぶり。
基本尻尾ふりふりアピールなので
写真もぶれぶれです(汗)

めごとは半年ぶりの再会。
めごのホームですが、ソフィたん

「あたちの視界に入ることも許さないでち」的”ウゥー”

でも、上手に距離を置いて共同生活してました。


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ソフィたん、今でも「シシッ」と歯を出して笑う姿が可愛い♪
お座りもしっかり出来るようになって、家の中をタッタカタッタッターーと
走りまわる姿はめちゃくちゃキュート♪*chico*さんに見せたいな~

昨年と違うな~と感じた事
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ソフィ家の皆が居ないと、↑↑↑こんなふうに玄関で待ってるの。
そんな姿が切ないやら、嬉しいやら。
8月に来てくれたホップもそうだった。
買いものに行ったママをひたすら玄関で待ってたの。

皆、本当の家族になったんだね。。。


そんな姿を見るとさ、センターに持ち込まれた子も
きっと待ってるんだろうな・・・って思うよね。

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なんとしても撮りたかった2ショットもソフィママの足がメインだったり

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しょーもない写真だったり(涙)

でもお散歩も一緒に行ったり
つかの間の親戚関係を楽しんだめごとソフィたんでした。

そして、ソフィ家と訪れた半年後の被災地は・・・

街中は瓦礫も片付き、ところどころで再開してる店舗や
修繕中だったり、すでに戻られてる方もボチボチ。
でも街中なのに、まだ信号がついてなかったり

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多大な被害を受けた漁港は何も進んでいないように見えた。


何度も訪れた町の
変わりはてた姿に涙するソフィママ。
寄り添ってくれてありがとうね。

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私も初めて目にした、毎年訪れていた海水浴場の無残な姿。

道さえも閉ざされ

フラワー、しゅんしゅんと

「ここでホースでシャワーしたのにね」

「飛び込んだ堤防もないね」

「売店もトイレも何もないね」

思い出に残るもの何もなくなってしまった・・・。


「ここでは亡くなった人が誰もいないんだよ」

そんな父さんの言葉が救いでした。


人の考え方はそれぞれなので
被災地を他県の方が訪れ、シャッターを切ることを敬遠する方も
居るようです。

でも、
父さんと私は
実際に目にしてほしい。
そして
感じた事を伝えてもらえたら・・・と思っています。


誰もが

「実際に目にするのは違う」

と言ってくださるから。

半年でこの状況が
南三陸、宮城、福島まで続いている


ため息で漁港を後にしました。
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by pi-pal-mego | 2011-09-21 12:57 | 震災 | Comments(0)