ブログトップ

ずーっと大好き。

カテゴリ:震災( 67 )

それぞれの3年

本日14時46分 黙祷。


この日を忘れず お気持ちを寄せて下さった方々に
心から感謝いたします。



私が被災地の現状を書くと
どうも後ろ向き(性格的なもの!?)だったり
補助金の事に傾きがちですが


ようやく

私の住む市町村の瓦礫が片付きました。
受入れに協力下さった市町村の皆さま有難うございました。


そして、つい先日初めての復興住宅の応募がありました。


三陸鉄道 が来月全線運行再開します。


高台移転が決まりました。

(高台移転や復興住宅は まだまだ まだまだ時間がかかります。)


岩手県内の仮設で暮らされる方は未だ3万人を超えていますが・・・

そして最近では


「震災のお陰で この家が建った」

「(震災)前より良い暮らし。」

「震災バブル」

「募金箱不要」


そんな言葉も耳にするようになり
本当にそれぞれの3年なんだな・・と感じています。

”震災のおかげ”
私はとても、そんなこと言えないな・・と思ったけど

1つ自信を持って言えることがありました。

それは
寄り添い、見守り続けて下さる方々や
震災がなければ出会えなかった方との”ご縁”です。


そして、ここ数日の報道を目にし


大切な方を亡くされたご遺族の皆さんに心を寄せ
福島の現状に思いを馳せる。
立ち止ったままの人が居る。
地区がある。


やっぱり後ろを振り返っていては申し訳ない。
やっぱり、私達は頑張らないとっ!
前に進める人は進んで行かないと!
前向きに父さんと昨日そう話しました。

こんな話を二人でしたのは震災後初めてかもしれません。

被災地、被災者と言っても
本当に皆それぞれです。

上手に伝えられないかもしれないけど
これからも伝えて行けたらと思っています。
[PR]
by pi-pal-mego | 2014-03-11 16:15 | 震災 | Comments(6)

ひとりごと。

昨日 盛岡へ買い物に行きました。

その帰り道が恐ろしいほどの 吹雪状態で一寸先も見えないような状態
家を出た時は快晴だったし 雪マーク出ていたには出ていたけど

ここまでの雪は まさに想定外。

左側のポールだけを頼りに父さんが運転 

先日の山梨での大雪や 北海道での車の立ち往生が
思い起こされ

本当に無事に着けるのか・・・と心配しきりでした。
なんと言っても2時間弱の山越えの連続でふから。
めごっちも留守番だったし。

日本の四季って
雪とか 雨にしても
情緒や風情があったのに
今はその猛威に恐怖さえ感じる。

震災の夜 電気が全部消えて
星がとても 美しくて

今までまぶし過ぎて見えなかったものが
見えたんだな・・・と思った。
本当に大切なもの 見えていなかった気がした

必要以上の光(電気)使っていたんだ。

店舗を襲った波は ヘドロが混じった黒い黒い波で
「人が流したもの 返してきたんだ」と言う人が居て
その通りだと思った。


昨日のTVで耳にした

「人間は奢っていた」

「津波は笑っていたかもね、自然をバカにするなって」

私達人は自然に生かされている
忘れてはいけないと思うのだけれど・・・




[PR]
by pi-pal-mego | 2014-03-10 15:45 | 震災 | Comments(2)

3/6の記事「被災地からの声」を私のあり得ないミスで削除してしまいました。
コメント下さった方には本当に申し訳なく、心からお詫びします。


下書きも保存されていなかったので
今回、ご覧になられた方は「あれ?前と違う」と
思われるかもしれませんが
再度upしたいと思います。

 

12月の疲れ切った土曜日
NHKさんの「被災地からの声」という番組の
インタビューを受けました。

疲れ切ったオッサンとほぼノーメイク(犯罪に近いっ)さざんかという
映像で観るに堪えないであろう中年夫婦。

事前予約してほしかったーーーっ。


TVに出るなど滅相もなかったのだけど」

撮影スタッフの方も補助金除外はあまりご存知なかった感じで


「これからの方達のために」

この言葉に背中を押されました。


ここでは何回か記しましたが
我家は前店舗を借りていた=資産ではない 
この理由で全ての補助金が出ていません。

明らかに被害を受けて、新たに自己資金で建築しているから
いつかは該当するだろう、いつかは・・・
そんな気持ちでいたけれど、もう諦めました。

「あんなに沢山の義援金。いったいどこへいっちゃったんだよー」


とか


実際に被害に遭ったのに

とか


NPOの補助金不正利用などは聞くに堪えず

でも そんな自分も嫌だし
不公平、落胆、憤り、妬み、負の気持ちを置き去りにしないと
前に進めないと気付きました。

 

仕事が再開できたこと、支えてくれる方達に感謝して
淡々と進む
私達より大変な人も本当にたくさん居られますから
進める人は進んで行かないと。

でも、私達の”負の経験”が
もし、これからの役に立つのだとしたら
それは意味があることなのかもしれない・・・。

「借金はもちろん増えましたけど・・・
<いつまで被災者気分でいるんだ>っていう声が多いのも聞こえてきますんでね。
振り返ってもしょうがないんで、前だけを見て目の前の一歩を進む」と父さん。 


「前を見て進む人が、どんな背景を背負って進もうとしているのか
そこを理解することが被災地の本当に理解につながる」と津田キャスター。


泣けました。
とてもうれしかった。

誰にもお知らせしてなかったのですが
偶然番組を観た 旧知のママ友が


「アナウンサーの人も言ってくれたね。補助金のこと。
問題提示、一石を投じた感じ」


とメールをくれました。

瓦礫は片付いたけれども
そんな風に感じています。

 


 


[PR]
by pi-pal-mego | 2014-03-09 10:49 | 震災 | Comments(0)

震災から2年半

イチバツ 子あり 離婚後 恋多き女 
そんな学生時代の友達から
手紙が来た。

「旦那さんが病気と年賀状にあったから」 と出だし

気にかけてくれてたんだな・・と思ったのも束の間

そこから2枚に渡り

恋して数ヶ月の 

彼女の ウキウキ♪ ドキドキ♪ happy♪ が 

艶かしく 綴られていて 恋を忘れた 山茶花 困惑(笑)

そして、何故私に今、この手紙?と思った。

話は変わり

先日、東京在住の友人に
ソイ君が「被災地支援でアメリカ行った」と伝えたら

「被災地を支援しに行ってるなんて、えらいね~」と言われた。

しかも2人に・・・

ここが被災地なんですけど・・・と、つぶやきながら

私の書き方が悪かったのかもしれないが
まさか、そんな答えが返ってくると思わず
その答えに 正直 とても 驚いた。


悲しい とか なんで? とか ひどいなぁ とか 忘れないで!とか の
感情は一切浮かばず

「そんなもんなんだ~」と 素直に驚き


皆の中では すでに 過去なんだ と 知らされた気がした。



震災から2年半 ようやく我家の商品の半分である お味噌の
販売が再開した。

本当の意味での再スタート。

2年半 待ってて下さったお客様もいるけれど
離れてしまったお客様も多く、震災前の売上に
戻れるかは苦しいところ。


震災で背負った借金は 15年間重くのしかかり
まだまだ先は遠く、大切な命を亡くされた方に終わりはない。

そして残念なことに
被災地は あまり変わってはいない。

今朝の地元紙1面の見出し

「復興の足取り重く」

”公営住宅整備に遅れ 3万6000人 仮設暮らし”

”被災3県 10万4000人減 止まらぬ人口流失”



そして、こちら ↓↓↓ 良かったらポチっと。
福島いわき市から津波被災者の悲痛なメール


今日は震災から2年半という ひとつの節目の日だけれど
TVのほとんどは 東京オリンピックだった。

震災から○○日 という表現はあまり好きではないけれど

あえて書いてみた 震災から2年半 でした。
[PR]
by pi-pal-mego | 2013-09-11 15:06 | 震災 | Comments(0)

TOKYOオリンピック開催にワク日本に

全く 気持ちの踊らない さざんか

そんな私は ”ひねくれもの” かもしれぬのぉ。


『放射能 問題ない』

おい、おい、本当?

それって 東京のみ の 話?

(すでに 大問題なのに)

情報操作されてるんじゃないの?


汚染水の流失?

海はつながっているんだよ。

津波の被害だけでも たくさんだったのに、温暖化で

海水に温度があがり 今年は秋刀魚だって 捕れていない。

そこに人災の汚染水もれ!

漁師さんは 大変だよ・・・


後手後手 おまけに ウソばっかじゃん。


クニハ オオカミ ショウネン ノ ヨウダ


原発による死者が出てない みたいな発言した政治家いたけど

”生きる” は ”活きる” ことでもある。

生きる糧の全てを奪われて 故郷を離れて

ただ命あればいいの?

そうじゃねーだろっ!と言いたい。

それでも 原発再稼働と言う。


全くもって理解不能。


ソイ君がアメリカに行ったチームには
福島の子もモチロンいて、同室の子は埼玉で避難生活。

「福島・・大変だね」

「津波の方が、もっと大変でしょ」

17歳、高校生男子2人の会話に

申し訳ない気持ちで いっぱいになった。

子供達は 今の日本を 大人を 政治家を

どう捉えているのだろう。

私達はこれからを生きる子供達に

未来ある 誇りある 日本を残せているのだろうか。

 
[PR]
by pi-pal-mego | 2013-09-10 14:31 | 震災 | Comments(4)

先人のおしえ

最近 諍い の 多い 夫婦
ケンカを めご が拾って食べてはくれません(爆)

e0160568_15392691.jpg


・・・その通り、その通り。

休日なのに 早朝から草刈りの騒音で目ざめた日曜日
家事を全て終えても「えぇl-っ、まだ9時ぃー」と
一日の長さに耐えきれず 出かけました 本州最東端。

e0160568_1548029.jpg

こんな遊歩道を1時間ほど歩きます。

e0160568_15484241.jpg

美しいでしょ、三陸。

e0160568_1549734.jpg

たどり着いたのは「魹ヶ崎灯台」

岩手に来て、早20年(←遠い目)初めて訪れました。

e0160568_15495119.jpg


e0160568_1550640.jpg

遥か彼方に見えるのは 豪華客船

e0160568_15505477.jpg

青い 碧い 蒼い 海しか見えず なんとも言えない怖ささえ感じる。

そして、見つけた看板には
e0160568_15523252.jpg


その位置から下を見ると かなりの高さ
e0160568_15525836.jpg


高い木の先にからまる漁具が今も物語る
e0160568_15533758.jpg


ここは観測史上最大規模の38・9メートルの津波が押し寄せた場所。
しかしながら
「此処より下に家を建てるな」という石碑の教えを守った集落は無事でした。

今さらながらに感じる事がある。

「津波到達予想地点 ここまで」

という看板。
震災前からあったのに気付かなかった。
震災後、気付くと 本当にその通りだった。

語り継ぐ事
そして、それを
侮らないこと
大切なこと なんだなっ。
[PR]
by pi-pal-mego | 2013-08-07 16:34 | 震災 | Comments(0)

頑張れ!頑張れ!

低い山のぼりの帰り道に会いました。

e0160568_13444156.jpg


メスのキジです。

小さな水田はあるけれど 住宅街

アスファルトが 似合わなすぎる!

よくよく見渡すと

e0160568_1345249.jpg


お母さんだったのね!雛が3~4羽そっと隠れていました。

この辺りは 震災後 一斉に家が増えた場所。

きっとキジのお母さんもビックリしてるよね・・・

「頑張れ!頑張れ!」

お母さんも、そして子供達も大きくなるんだよ。
[PR]
by pi-pal-mego | 2013-07-09 13:49 | 震災 | Comments(0)

それぞれの想い

震災から2年4ヶ月
e0160568_16231341.jpg

未だ 国立公園の アチラ コチラ 工事中です。

まっ・・・そんなものです。

そして

震災前以上に立派に大きくなっているものもあり
違和感を覚えます。
それは少し違うんじゃねぇ?
ここに、これ必要ないんじゃねぇ?
と、思ったりします。

以前と同じ

それも出来ない人が沢山居るのに・・・


それでもこの辺りは良い方です。
目に見えて 片付いたり 新たな建物が建ったり

震災以前から人口が減っていたのだから
それが加速するのは当然で
市内中心部と言えど 駐車場ばかりが目立つけど。

e0160568_16232618.jpg



大手ホテルが進出し、復興工事が終わったら
次は介護施設になるそうです。


e0160568_16234854.jpg


町ごと消えてしまった場所がようやく決まった高台移転。
国が買い上げてくれる所、そうでない所の線引き
ポツンと残されたって困るよね・・・

兄ちゃんの親友は流された家の基礎撤去の前に
「憶えておきたいから」と北海道から帰省。

80歳近いおじちゃんは 自宅兼自営の店舗を流され
再建を断念。先祖代々の土地を手放しすっかり元気がなくなりました。


皆それぞれに それぞれの想いがあります。


まだまだ長く時間がかかります。

何がよくて 何が悪いのか
よく わからなくなるので
考える事が好きな私も 最近はなるべく考えません(笑)


時間の経過と共に 軽くなること
辛くなること 気持ちも変化します。
造ったものは 又 造ることが出来るけど
心は造ることが出来ないから。
[PR]
by pi-pal-mego | 2013-06-28 17:03 | 震災 | Comments(0)

いつか皆が笑顔に・・・

どうした!?さざんか 怒涛の連続更新!
古くからおいで下さってる方は「何かあった?」と思ってるかも(笑)

いえね、3月11日から とりあえず 想いを綴ってみました。
長々申し訳ありませんでした。
今日で最終。明日から通常モード(あるのか通常?)に戻りまーす

e0160568_2052334.jpg

                     「あたしの出番ですね」


ので もう少しだけ お付き合い下さいませ。

私の住む市では 2ヶ所 町 そのもの が消えてしまいました。
e0160568_2027588.jpg

高台移転など、まだまだ先の話です。
元々、山が多く平地の少ない市ですし問題は山積みだと思います。
家がないのにローンを払ってる方も多いです。
先に延ばせば金利も上乗せ・・私達も聴いて知ったことです。


e0160568_20373980.jpg

                  ボーゼンとする さざんか
e0160568_20261520.jpg




被災した家屋は 1つ1つ 基礎も取られ ここに何があったっけ?と
消えて行く景色が寂しいけれど
e0160568_20285429.jpg

                  跡形もなく流れた前店舗までの数件
e0160568_20293682.jpg

                  現在の店舗後

それでも、町の中心部が残っているので


新たな建物も増えています。

多分 被災地の中でも前に進めている市だと思います。

海岸沿いに高い防波堤を建てる案があるようですが
いかがなものでしょうか。
気仙沼のカキ養殖をされる方も嘆いておられました。

被害にあった市役所を億のお金をかけ修繕したのに
又移転の話が持ち上がり
e0160568_20303570.jpg


皆さんから復興税として徴収してるお金の
無駄使いではないのかと憤り
e0160568_20312168.jpg

あるNPOは支給された数億という大金を2年で使い果たし
全員解雇。又仕事を失う。とんでもない苦しみです。
e0160568_20384388.jpg

一時的な仕事につけても、雇用の先行きは不安定。
=人口の流失の一因です。

雇用に力を入れていたのは確かだと思います。
我家も補助金は除外なのに、人を1年でも雇用すれば
お金が支給されるという案内は来ました。
e0160568_2043084.jpg

                 黒い波が超えた防波堤

でも、それは付け焼刃ではないのかと。。


復興住宅は前進しています。既に出来上がってる所もあります。
避難所がなくなる事が第一歩だと思いました。
そして 次は 仮設住宅・・・

大丈夫 後ずさりはしてない!

e0160568_20402263.jpg

              並ぶ漁船も増えた 当たり前の風景が戻る

海は本当に穏やかで

e0160568_204053100.jpg

穏やかで・・・

被災者という言葉を利用するのも
甘えるのも私は好きではありません。

希望を失わず
弱者に優しい日本であってほしい
それは動物たちにも言えること。

皆が笑顔になれますように。。。
[PR]
by pi-pal-mego | 2013-03-17 20:53 | 震災 | Comments(0)

震災で省みた自分

今宵は星がきれいでした。
久しぶりに「上を向いて歩こう」口ずさみました。

震災で全ての灯りを失った町を照らしていたのも月と星。

自然ってすごいな・・

小さな 小さな 星も見える 暗闇

人口で作り上げた光が その小さな光を見えなくしていたんだ

と 初めて気付いたのは震災後。

これはいろいろ 当てはまることありますよね。
まばゆい光の中で見失ってしまう大切な事

あったと思いました。



震災の経験は未熟な私に勉強になったこと多いです。

人の造るもの、そして想定に絶対はない! ということ。

やはり自然の力に人は敵わない。

だから、想定はNG!まずは避難しよう。身を守ろう!

原子力発電所の見学を何度もしていた義母は

「あんなに安全と言っていたのに・・」
震災後そうつぶやきました。

でも、あれだけ破壊された町を建て直す事ができる
それも人間なんだ という素晴らしさも教えてくれました。

私にとってのこの2年は正直辛かったです。
震災に続き、父さんの発病 これは大きかった


近しい知人は その度に 

「辛いでしょ、大変でしょ、乗り越えて・・・」

と 家に押しかけ 好き放題 
父さんの発病の時はまるで死んでしまうの!?
と不安を煽るようなお祭り騒ぎ のあげく

その後は、知らんぷり。

年賀状だけのやりとりだった知人は

私と家族の個人情報の全てをネット上にさらしての
安否の確認。

生きていて、会いたい、探してと・・・

でも、その後は全く音沙汰もなく
情報の削除をお願いしても知らんぷり。


あれだけ大騒ぎしてくれたのにね・・・

私はそんな態度に深く傷つきました。

何かをしたい、伝えたい 

あれほどの災害ですから、私も逆の立場に立てば
大騒ぎをしていたのかもしれないし、それが嬉しい人も居るかもしれない

でも、私の場合 とりあえず そっと見守ってほしかったんです。
震災も病気も・・・

ちょっとだけ待ってて

頑張るから、立ち上がるから、

とりあえず 父さんと、ソイ君と頑張るから・・・

少し先の光が見えるまで 時間を下さいと。。。


犬猫のボランティアに携わりながら

ボラは自己満足だから人に強制しないと
私は思っていました。


でも、それは間違いだと気づきました。


そこに 対 : 人 がある時

究極な緊急時こそ

その人が本当に望んでる事をする事が
大切なんだと・・・

自分がしたいから  は ただの自己満足でしかない

と自分を省みました。

そして”この人のようでありたい”と思わせて下さった人も
勿論いらっしゃいます。

このブログで出あった方たちは、本当に温かく見守って 寄り添って
支えてくれて 私はどんなに救われたかしれません。
きっと、そんな事を当に知ってる方たちだったのです。

忘れずにいてくれる
”頑張ったね”と寄り添ってくれる
それが 私の力の源です。

悲しいことに こんな経験をすると
「本当に自分を想ってくれる人」が わかってしまいます。

ただの興味本位や自己満足で騒ぎ立てることが
どんなに相手を傷つけてしまうか

自分を省みて 戒め 年を重ねていきたいと思います。 
[PR]
by pi-pal-mego | 2013-03-16 20:50 | 震災 | Comments(0)