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ずーっと大好き。

震災から一年と2日目におもふこと

震災から一年と2日が過ぎました。

私は、ただ普通に3月11日を迎えました。


「あぁ、あれから一年なんだな・・」と。


震災後、自宅附近は津波の被害がなかったので
めごの散歩も出来ました。

「犬の散歩って、実は平和な光景だったんだ・・・」と
初めて知りました。

散歩しながら涙が出て
口ずさんだのは坂本九ちゃんの「上を向いて歩こう」でした。
混乱する日常
こらえきれず号泣した夜もありました。


でも大切な方を亡くされた人達にとっては
言葉に出来ない思いをかかえた1年であったと
わが身に置き換えると耐え難い時間だったであろうと
その思いを計り知ることは決して出来ません。

(写真は一年前と同じ場所を3月11日に撮ってみました)

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被災地の歩みは牛歩のごとくです。



"時は薬"


と言うけれど
時間が経つほどに、辛さや悲しみ、不安や怒りが増してる人も
多いのではないかと思ったりもします。

瓦礫は一か所に集められたけれど
受け入れ拒否のニュースも切なく
高台移転もまだまだ話し合いの段階
人口の流失が加速されるのは必然。

大手資本の参入は雇用につながるけれど
地元の企業や商店街にとっては
戦々恐々

これは我家にとっても人ごとではなく
大手企業のセンター仕入れにより
沿岸の商品が内陸にわたり、それが又沿岸に戻るという図式。
義父の代から数十年かけて地道に広げてきた顧客を
何の苦も努力もなく、持ち去るわけです。

理由はただ”売れるから”

プレハブでようやく再開した商店の隣に
大手コンビニが建築

本当の意味での地元の繁栄とは?
考えさせられます。


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被災者と一口に言っても
皆それぞれに事情は違うと思うし
被災の度合いも違います。

ですので、我家に限って言わせてもらえば
”津波に合った人損”です。



店舗・事務所・在庫
全て流されたうえ
5ヶ月に及ぶ無収入

でも

頂いた補助金は5万円
石油ストーブ 1台

のみです。
貰って当然とは思ってないし
思いたくない。
でも、そこにあるのは不公平感です。


修繕には出ても、新築には出ない。

新築に出ると決まった、グループ補助金も
以前店舗を構えてた場所が本社所有だった為
我家は除外されました。
固定資産税を払っていた人が新たに同じ場所に建てた場合のみ
認められるそうです。津波浸水地域なのに・・・
家賃を払い、リフォームをかけていても
それは何の効力も発しない。


それなのに


店舗を新しく建てた場所は我家の所有で
固定資産税を支払っていても
大家の我家には一銭もおりず、住んでる人(借りてる人)のみ
義援金対象です。
新たに建てるのは大家なのに・・・
(土台の基礎撤去分は後から補助)
※例えれば、アパートの住人それぞれには義援金が出ても
大家にはないという事です。


この地で何十年も商売をしてること
税金を支払ってること
津波で全て流された被害を受けたこと
新たに建築したこと


周知の事実であっても
その紙に書いてある項目に
1つでも当てはまらなければ
補助金は出ないのです。


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そして義援金と言われ集められてるお金の
不透明さ・・・

最初はありがたいなと思っていましたが
最近はそのお金どこに使われてるの?

そして、国に対する不信感、あきらめ、失望、憤り

「国は助けてくれないんだ」が正直な気持ちです。


それでも
今、仕事がある我家は恵まれているから
後ろばかりを見ていても仕方ない。
起きてしまった現実は変えられないから、前に進むしかない
震災から一年と2日です。
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by pi-pal-mego | 2012-03-13 16:28 | 震災 | Comments(0)